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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9041号 判決 1958年7月30日

原告 関藤三郎

右代理人弁護士 盛川康

被告 滝沢しづえ

右代理人弁護士 久保清一

安達幸次郎

主文

被告は原告に対し、四七万円、及びこれに対する昭和三〇年九月一日から支払ずずみに至る迄、年五分の金員の支払をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。被告は原告の為、四七万円の担保を供託するときは、その仮執行を免れることができる。

事実

≪省略≫

理由

先ず、原告の当事者の表示の訂正及び請求原因の変更が、許容されるべきか否かにつき判断する。本件訴状正本によれば、原告が関藤三郎と表示され請求原因に於て、請負人は関藤三郎と主張されていたこと、昭和三三年六月二五日の本件口頭弁論期日調書によれば、原告は、その表示を、東京都墨田区向島請地町一八三番地、有限会社関工務店、代表者清算人関藤三郎と訂正する旨の申立を為し、その請求の原因を、本件建物建築請負契約は、有限会社関工務店と被告との間に成立したと、変更して主張したことが、明である。しかしながら、原告がかような当事者の表示の訂正及び請求の原因の変更を為したことは、原告として、第一次に、原告個人の請求を維持し、それが容れられない場合には、第二次に、原告を右有限会社関工務店として、その請求を主張するもの即ち、新たに訴の予備的併合を為したしたものであつて、原告は、右当事者表示の訂正申立及び請求原因の変更により、第一次の原告個人の訴を取下げたものでも、その請求を放棄したものでもないと解するのが、意思解釈上妥当である。かような訴の予備的併合が、許容されるべきか否かは、今ここで論じない。

そこで先ず、原告の第一次の請求につき判断する。

原告が建築請負業、被告が旅館兼待合業を営むものであることは、当事者間に争いがなく、原告が当初、原告は、被告の注文により、昭和二七年八月二二日、被告との間に、原告主張の建物の建築を報酬二二七万円で請負い、被告は、同年一二月中に、その引渡をうけたと主張したに対し、被告がこれを認める旨の陳述をなしたことは、被告の昭和三一年一月一七日付答弁書及び同年二月一四日付本件口頭弁論調書の各記載に徴し、明である。被告は、右答弁書の趣旨は、右請負契約が、有限会社関工務店と、被告との間に成立したことを認めた趣旨であると主張するけれども、右答弁書の何れにも、有限会社関工務店なる文字は使用されていず、原告が請負人であることを争つた趣旨は、記載されていないから、被告の主張は、採用することができない。

被告は、被告の右の陳述が、自白に該当するならば、それは真実に反し、かつ被告の錯誤に出でたものであるから、これを取消すと主張するから、この点につき判断する。

なる程、その成立に争のない乙第一第二号証、同第九ないし第一四号証の各記載によれば、原告が本件建物建築請負契約に用いた、見積書領収証には、請負人として、有限会社関工務店なる表示が用いられていることが認められるけれども、原告本人尋問の結果によれば、原告は当時、有限会社関工務店の代表取締役をして居り、当時原告としては、相当大規模の建築は、右有限会社の名義を用いて請負契約を結んでいたが、小規模の建築は、原告個人の名義を用いて、請負契約を結んでいた為、偶々本件請負契約に於ても、その見積書、領収書に於て、右有限会社の社印を用いたことが認められるから、右見積書、領収証の記載から、必ずしも本件請負契約の請負人は、有限会社関工務店であつて、原告個人でないと、認めなければならぬものではない。そればかりでなく、証人滝沢つねの証言、原被告本人尋問の結果によれば、被告は本件請負契約を結ぶに際し、有限会社関工務店なるものであることを知らず、原告個人と右契約を結んだことが認められるから、被告の前期自白の取消は、許容されるべきではない。

更にその成立に争いのない乙第一号証同第一一ないし第一四号証の各記載、証人岩沢つやの証言、原告本人尋問の結果によれば、昭和二七年一〇月中旬頃当事者間に原告主張のような追加工事の請負契約が成立し、その報酬の支払期は、本工事の分をも含めて、昭和二八年二月末と定められたこと、原告は被告が年を越すと廻りが悪いといつて、工事の進捗を督促した為同年一二月中に、右工事をすべて完成し、被告は同年同月下旬壁が乾かぬ内に右家屋に移転し、昭和二八年一月七日から同家屋で、旅館兼待合業を営んだこと被告は原告に対し、請負報酬の支払義務あることを認め、昭和二七年一二月二二日四八三、五九〇円昭和二八年一月二四日三〇万円、同年一〇月一三日五万円、昭和二九年八月二四日五万円を支払い、残額四七万円については、その経営にかかる待合業が不振であることを口実にして、支払を拒んでいることが認められる。右認定に反する部分の証人滝沢つね、被告本人尋問の結果は、当裁判所の措信しないところであつて、他にこれを左右するに足りる証拠資料は無い。従つて、原告は未だ右建築工事を完成していないから、被告には、その報酬の支払義務が無いという被告の主張は、すべてこれを排斥する。

次に、被告の(甲)の抗弁につき判断する。原告が代表取締役をしている有限会社関工務店が、昭和二六年一二月一二日設立せられ、爾来土木建築に関する工事を内容とする。業務を営むものとして、建設業法第八条により、東京都知事から、業務の登録をうけていたことは、原告の認めるところであり、原告個人が、その営業の登録をうけていないことは明に争わないところである。しかしながら、原告が建設業法第一〇条の無登録営業禁止の規定に反し、個人の資格に於て被告と前記のような請負契約を結んだからといつて、それが強行法規に違反するとして、その効力を無視することはできない。同法第五条の規定によれば登録申請者が法人の場合は、その法人の代表者又はその使用人が、同条第一項所定の要件に該当していれば、登録申請を為す資格があるのであつて、登録をうけた有限会社関工務店の代表取締役が原告である以上、原告個人又はその使用人が、右の要件に該当していた筈である。してみれば、同法第五条第一項所定の要件を全然みたさない。いわゆるもぐりの建築業者が、被告と建築請負契約を結んだ場合とは異り、右関工務店の代表取締役であつた原告が個人として被告と結んだ本件建物建築請負契約は、私法上有効と認めるのが相当である、建設業法の立法趣旨からいつて、かような契約迄無効であると解すべき理拠は、見出し難い。

次に、被告の(乙)の抗弁につき判断する。原告が、有限会社関工務店の設立された昭和二六年一二月一二日から、それが解散した昭和二九年一〇月二日迄、その代表取締役をしていたこと、原告が被告と本件建物建築請負契約を結んだこと、原告が右有限会社の社員総会に於て、右請負契約につき、その認許を受けなかつたことは、当事者間に争がないところである。

そして右請負契約が、まさしく、右有限会社の営業の部類に属する取引に該当することは、言う迄もない。しかしながら、有限会社法第二九条第三項の明定する通り、有限会社の社員総会は、その認許を受けないで取締役が為した取引を、有限会社の為になしたものとみなすことができるのみであつて、取締役が、社員総会の認許を得ないで為した請負契約が、当然無効となるものではない。この事は、同条第四項が、「前項ニ定ムル権利ハ、取引ノ時ヨリ、一年ヲ経過シタルトキハ、消滅ス」と規定していることからしても、明なところである。従つて(乙)の抗弁も、理由がない。

最後に、被告の(丙)の抗弁につき判断する。被告は、本件建物には種々瑕疵があつたと主張するけれども、その瑕疵と主張するものは、すべて原告の不完全履行を指称するものであつて、民法第六三四条第一項にいわゆる、瑕疵ではない。そうして、原告が本件請負工事については、全部その履行を為したことは、前段認定の通りであるから、被告が、原告の為した工事につき瑕疵があつた為、被告はその修補につき損害を蒙つたと主張し、その損害賠償債権を以て、為す相殺の抗弁は、採用すべき限りでない。

してみれば、被告の各抗弁は、すべて失当であり、前段認定の事実に基く原告の本訴請求は、すべて正当であるから、これを認容する。従つて原告の訴の予備的併合と見るべき、その当事者表示の訂正が許容せられるべきか否かについては、これに判断を加える必要がない。よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項、仮執行免脱の宣言につき、同法同条第二項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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